フランク・シェッツィングの「LIMIT」を読み終わりました。全4巻というかなり大部のSF小説です。最初に登場人物一覧を見てそのあまりの数の多さに腰がひけましたが、まあなんとか筋を追うことはできました。登場人物が多くても結局、主要な人物は5人程度にしぼられますからね。
この小説の内容はともかく、主人公の一人である大富豪オルレイが持っている、宇宙エレベータに関する「特許」というのがとても気になりました。宇宙エレベータというのはSFで古くから使われている概念ですが、地上と衛星軌道とをケーブルで結び、そのケーブルを伝って上下する往還用の筐体で物資・人間を地上と衛星との間で往復させるというものです。
Space Elevator - Green Mars
Terraformed green Mars with a space elevator.
By FlyingSinger
小説では、宇宙エレベータの特許をオルレイが独占しており、各国政府も宇宙エレベータを実現できないということになっています。この点がまず「?」です。この小説は2020年〜2025年頃を舞台にしています。とすれば、まだ特許の世界では属地主義が生きている筈です。宇宙エレベータは、地上のどこかに足場を持つ必要がありますから、その国で特許を持っていれば、他者がその国を足場に宇宙エレベータの特許を実施することはできません。しかし、世界のどの国でも宇宙エレベータに関する特許の実施を許さないようにするためには、世界中の国で特許を取らなければなりません。大富豪だからそれができたのだ、ということもできますが(実際、たいした金額ではないかも知れませんが)、小説を読む限り、そもそも属地主義のようなことは考慮されていないようです。
それだけではありません。他の国とか他の業者は、オルレイに対抗して宇宙エレベータのようなものを作ろうとしますが、そもそも技術的にできない(それほど宇宙エレベータの技術はむずかしい)ことになっているようなのです。特許制度では、発明を他の者が容易に実施することが出来る程度に明細書を書かなければなりませんから、オルレイの特許は(仮にそうしたものがあったとして)、記載不備で無効にされるべきものでしょう。
さらに、現実的には、他者も当然にオルレイの特許に対抗すべく、宇宙エレベータの実施に必要な細かい技術について多数の特許をとるでしょう。オルレイだけが無条件で宇宙エレベータの特許を実施することは難しいのです。したがって、オルレイだけが独占的に宇宙エレベータを実施できるというのはいささか非現実的です。
と、まあ、弁理士という職業柄、しょうもないことに気がとられましたが、それなりに面白い小説ではありました。とはいうものの、出だしは大量の登場人物が次から次へと出て来ていささか鈍重な記載。中盤のおっかけっこはそれなりの緊迫感があり面白い。でも終盤の大惨事の描写は映画を頭にいれているようであるにもかかわらず、それほど緊迫感が伝わらず、やや物足りない。
その中で、作者(ドイツ人)から見た、各国の技術的水準(というか可能性)についての味方が興味を引きました。小説の中ではアメリカと中国の存在感(オルレイはイギリス人)が圧倒的で,日本の存在感は極微でしかありません。現状、ヨーロッパに人間から見た技術的な見地での日本の存在感はこの程度なのだろう、と妙に納得してしまいました。この小説では、もう1点、特許の話が出て来て、それについても突っ込みを入れたくなったのですが、それについては別の機会に。