最高裁が、均等論に関し概略以下のような判決をしている。なお、以下の文言は公開された判決文の通りではなく、適宜省略及び書き換えをしてある。
被上告人は、角化症治療薬の有効成分であるマキサカルシトールを含む化合物の 製造方法の特許に係る特許権の共有者である。被上告人が,上告人らの輸入販売等に 係る医薬品の製造方法は,上記特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等 なものであり,その特許発明の技術的範囲に属すると主張して(最高裁平成6年 (オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁 参照。以下,この判決を「平成10年判決」という。),上告人らに対し,当該医 薬品の輸入販売等の差止め及びその廃棄を求める事案である。これに対し,上告人 らは,本件では,平成10年判決にいう,特許権侵害訴訟における相手方が製造等 をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の特許出願 手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するから,上記医薬品の製造方法は,上記特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるとはいえないと主張して,被上告人の請求を争っている。
被上告人は,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲において,目的化合物を 製造するための出発物質等としてシス体のビタミンD構造のものを記載していた が,その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造のものは記載していなかっ た。
上告人らの製造方法は、出発物質等が,本件特許請求の範囲に記載された構成で はシス体のビタミンD構造のものであるのに対し,上告人らの製造方法ではトラン ス体のビタミンD構造のものである点において相違するが,その余の点については,上告人らの製造方法は,本件特許請求の範囲に記載された構成の各要件を充足する。上告人らは,被上告人において,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲 に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる上記の部分につき,上告人らの 製造方法に係る構成を容易に想到することができたのに、被上告人があえて特許請求の範囲に記載しなかったのであるから、上告人の製造方法は権利範囲から意識的に除外されたものであると主張した。
本件明細書には,トランス体をシス体に転換する工程の記載など,出発物質等をトランス体のビ タミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく, 本件明細書中に,上記発明の開示はされていなかった。原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断した。
(1) 出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到する ことができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっ ても,それだけでは,前記1の特段の事情が存するとはいえない。
(2) 上記(1)の場合であっても,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲外の 他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとし て認識していたものと客観的,外形的にみて認められるときは,前記1の特段の事 情が存するといえる。
上告人らは,原審の上記判断は,前記1の特段の事情が認められる範囲を狭く解しすぎていると主張した。
今回の判決で最高裁は以下のように判示した。
特許法70条1項は,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定する。しかし,特許権侵害訴訟における相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部をこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる他の技術等に置き換えることによって,特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,特許法の目的に反し,衡平の理念にもとる結果となることなどに照らすと,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,所定の要件を満たすときには,対象製品等 は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲 に属するというべきである。そして,対象製品等が特許発明の特許出願手続におい て特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存する ときは,上記のような均等の主張は許されないものと解されるが,その理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか, 又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後 にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところ にある(平成10年判決参照)。
しかし,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは,特許出願に係る明細書の開示を受ける第三者に対し,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず,当該出願人におい て,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるよう な行動をとったものとはいい難い。また,上記のように容易に想到することができ た構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけで,特許権侵害訴訟におい て,対象製品等と特許請求の範囲に記載された構成との均等を理由に対象製品等が 特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をすることが一律に許されなくなるとすると,先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲の記載を特許出願時に強いられることと等しくなる一方,明細書の開示を受ける第三者においては,特許請求の範囲 に記載された構成と均等なものを上記のような時間的制約を受けずに検討すること ができるため,特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるこ ととなり,相当とはいえない。
そうすると,
出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対 象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができ たにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それ だけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識 的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきで ある。
もっとも,上記の場合であっても,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異な る部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換 えることができるものであることを明細書等に記載するなど,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識し ながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときに は,明細書の開示を受ける第三者も,その表示に基づき,対象製品等が特許請求の 範囲から除外されたものとして理解するといえるから,当該出願人において,対象 製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動を とったものということができる。また,以上のようなときに上記特段の事情が存す るものとすることは,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もっ て産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない,出願人と第三者の利害を適 切に調整するものであって,相当なものというべきである。
したがって,
出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対 象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができ たにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観 的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代 替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたと いえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲か ら意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
そして,前記事実関係等に照らすと,被上告人が,本件特許の特許出願時に,本 件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる部分につき, 客観的,外形的にみて,上告人らの製造方法に係る構成が本件特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかっ た旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない。
最高裁はこのように判示して、上告を退けた。
2017/04/19 日本の知財関連情報